概要
周王の権威が名ばかりになり、諸侯が覇を競った。鉄の農具と牛耕で収穫が増え、それを支えに新しい人材が身分によらず登用されていく。諸子百家の土壌になる。
場所
洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
本文
周王が名目上の頂点に残ったまま、 実力のある諸侯が「覇者」として実権を握った。
鉄の農具と牛耕が広まり、収穫が増えた。 余剰が出ると、戦争の規模も大きくなる。 戦車の貴族戦から、歩兵の大量動員へ移っていく。
同時に、身分によらない登用が始まった。 生き残るために有能な人材が要る。 遊説してまわる知識人が、諸国を渡って仕官を求める。
孔子も、その一人だった。 14年諸国をめぐって、どこにも用いられなかった。
孟子、荀子、墨子、韓非、荘子。 互いに論争しながら、 国をどう治めるか、人とは何かを論じた。 諸子百家と呼ばれる。
思想が競争になったのは、 仕官の市場が競争だったことと無関係ではない。