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Event / できごと

センナケリブのバビロン破壊

Sack of Babylon by Sennacherib
BC689年
重要度 3

概要

アッシリア王が反乱を繰り返す都を徹底的に壊し、運河の水を流し込んだ。聖なる都を壊した罪だ、と息子はそれを元に戻す。

場所

バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県

関わった人(1)

センナケリブ?–BC681年 · 命令

本文

バビロンは、アッシリアにとって厄介な都だった。

宗教と学問の古い中心で、 アッシリアの神々もそこから来ている。

そして、何度も反乱した。

センナケリブは息子をバビロンの王に据えた。

その息子が、エラムに拉致されて殺された。

BC689年、都を落とした。

碑文が書いている。

神殿を壊し、神像を砕き、 運河を切って街を水に沈めた。

土を掘ってユーフラテスに流し、 街のあった場所を沼にした、と。

聖なる都を壊した。

アッシリアの内部でさえ、 それは罪と受け取られた。

8年後、彼は息子に殺される。

継いだエサルハドンは、 すぐにバビロンの再建を始めた。

神々が怒ったからだ、と。

その息子アッシュルバニパルが、 バビロンの粘土板を集めて図書館を作る。

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