概要
アッシリア王が反乱を繰り返す都を徹底的に壊し、運河の水を流し込んだ。聖なる都を壊した罪だ、と息子はそれを元に戻す。
場所
バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
関わった人(1)
センナケリブ?–BC681年 · 命令本文
バビロンは、アッシリアにとって厄介な都だった。
宗教と学問の古い中心で、 アッシリアの神々もそこから来ている。
そして、何度も反乱した。
センナケリブは息子をバビロンの王に据えた。
その息子が、エラムに拉致されて殺された。
BC689年、都を落とした。
碑文が書いている。
神殿を壊し、神像を砕き、 運河を切って街を水に沈めた。
土を掘ってユーフラテスに流し、 街のあった場所を沼にした、と。
聖なる都を壊した。
アッシリアの内部でさえ、 それは罪と受け取られた。
8年後、彼は息子に殺される。
継いだエサルハドンは、 すぐにバビロンの再建を始めた。
神々が怒ったからだ、と。
その息子アッシュルバニパルが、 バビロンの粘土板を集めて図書館を作る。