概要
王とマケドニアの将校80人が、一日でペルシアの貴族の娘と結婚した。二つの民を一つにする構想だったが、王の死後、将校の多くは妻を捨てた。
場所
スーサ
32.19°N 48.25°E · イラン・フーゼスターン州
32.19°N 48.25°E · イラン・フーゼスターン州
関わった人(1)
アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 主催本文
スーサで、一日に結婚式を挙げた。
王自身が、ダレイオスの娘スタテイラを娶った。
さらにアルタクセルクセスの娘も。
ヘファイスティオンには、スタテイラの妹。
将軍と側近80人に、ペルシアの貴族の娘。
兵1万人の、ペルシア人との結婚を登録し、 持参金を王が出した。
ペルシア風の天幕で、五日の宴。
構想がある。
マケドニア人とペルシア人を混ぜて、 一つの支配層にする。
その子が、次の帝国を担う。
マケドニアの将校は、嫌がった。
王が死んだ。
翌年。
将校の多くは、ペルシア人の妻を捨てた。
残したのは、セレウコスひとりになる。
その妻アパマの名が、 セレウコス朝の町の名になった。
アパメイア。
王の妻スタテイラは、 ロクサネに殺されたと伝わる。