概要
宗教戦争として始まり、国家どうしの戦争として終わった。ドイツでは地域によって人口が3分の1減ったとされる。
場所
プラハ
50.08°N 14.44°E · チェコ
50.08°N 14.44°E · チェコ
本文
プラハで、皇帝の使者が窓から投げ落とされたことから始まった。 落ちた先が肥だめで、三人とも助かっている。
宗教戦争として始まった。 だが途中から、カトリックのフランスが プロテスタント側についてカトリックのハプスブルクと戦う。 信仰より、勢力の均衡が動かした。
戦場はほぼドイツだった。 軍隊は現地で食糧を徴発する。 兵が通った土地は、戦闘が無くても飢えと疫病に襲われた。
人口の減少は、地域によって三分の一から半分と推計される。 回復に100年かかった地域がある。
終わらせたウェストファリア条約は、 上位の普遍的な権威を降ろし、 対等な主権国家が並ぶ形を作った。 いまの国際関係の教科書が、たいていここから始まる。
出典(1)
スティーブン・ピンカー(幾島幸子、塩原通緒 訳) 『暴力の人類史』第3章 文明化のプロセス