概要
平民が兵役を拒んで聖山に立てこもり、貴族が譲った。平民の身を守る役人が置かれ、その体は不可侵とされ、あらゆる決定に拒否権を持った。共和政の中の、平民の側の柱になる。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
共和政が始まって15年、平民は借金で貴族の奴隷に落ちていた。 戦争のたびに兵として出て、帰ると畑が荒れ、借りて、返せない。
BC494年、戦争を前に平民が兵役を拒み、 街の外の聖山に集まって動かなかった。 リウィウスによれば、貴族のメネニウス・アグリッパが 「胃と手足」のたとえ話をして説得した。 手足が胃に食べ物を運ぶのをやめれば、手足も痩せる、と。
譲歩として、平民の身を守る役人が置かれた。 護民官。平民だけが選び、平民だけがなる。 その体は神聖不可侵で、手を出した者は殺してよい。 政務官の決定に「拒否」(ウェト)を言うことができた。
伝承の年で、細部は後世の作り話が混じる。 だがこの役職は共和政の終わりまで続き、 グラックス兄弟もこの職にあった。 カエサルもアウグストゥスも、皇帝になってから 護民官の権限を自分のものとして持った。