概要
血縁の集団を解体し、10の地域に組み替えて代表を出させた。抽選で選ばれる評議会と、追放を投票で決める仕組み。民主政の骨格がここで組まれる。
場所
アテナイ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ
37.98°N 23.73°E · ギリシア・アッティカ
関わった人(1)
クレイステネスBC570年頃–BC508年頃 · 改革本文
僭主を追い出したあと、貴族が争っていた。
クレイステネスは、民衆を味方につけた。
やったことが、根本的だった。
それまで、アテナイ人は 四つの血縁の部族に分かれていた。
貴族が、その部族を握っていた。
これを解体した。
アッティカを、内陸・沿岸・都市の三つの地域に分け、 それぞれを10に割った。
三つの地域から一つずつ取って、新しい10部族を作る。
同じ部族の中に、 遠く離れた土地の人が混ざる。
血縁ではなく、住んでいる場所(デーモス)で登録する。
名前も「誰それの子」から「どこそこ区の誰それ」に変わった。
500人の評議会を、10部族から50人ずつ抽選で選ぶ。
そして陶片追放。
強くなりすぎた者を、投票で10年追放する。
裁判ではない。
罪は問わない。
民主政の骨格が、ここで組まれた。