概要
ウァレリアヌス帝がシャープール1世に敗れて捕虜になった。ローマ皇帝が生きたまま捕らえられたのはこの一度きりで、その姿は岩壁の浮彫りに彫られて残っている。
場所
アンティオキア
36.20°N 36.16°E · トルコ・ハタイ県
36.20°N 36.16°E · トルコ・ハタイ県
本文
ローマ皇帝が、生きたまま捕らえられた。
後にも先にも、この一度きりになる。
ウァレリアヌス帝は、疫病と兵力不足のなかで ササン朝のシャープール1世と戦い、敗れた。
交渉のために赴いて捕らえられた、 という説もある。
その後の扱いについては、 ローマ側の記述が残っている。
シャープールが馬に乗るときの踏み台にされた、 死後に皮を剥がれて赤く染められ、神殿に飾られた、と。
キリスト教徒の著述家によるもので、 迫害した皇帝への神罰として書かれている。 どこまで正確かは分からない。
ペルシア側は、岩壁に浮彫りを刻んだ。
馬上のシャープールの前に、 ローマ皇帝が跪いている図になる。
いまもイランに残っている。