概要
ペルシアの主力を平原で破り、アケメネス朝の命運が決した。戦場の正確な位置は特定されていない。
場所
ガウガメラ位置は特定されていない(誤差 ±35km)
36.36°N 43.25°E · イラク・ニーナワー県(戦場の位置には諸説ある)
36.36°N 43.25°E · イラク・ニーナワー県(戦場の位置には諸説ある)
関わった人(2)
アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · マケドニア側 · 総指揮ダレイオス3世BC380年頃–BC330年 · ペルシア側 · 総指揮本文
ダレイオス3世が、今度は場所を選んだ。
広い平原を整地させ、 戦車が走れるようにした。 鎌を付けた戦車を並べ、象も用意している。
数では圧倒していた。
アレクサンドロスは、斜めに前進して 相手の陣形を横へ引き伸ばした。 そして、生じた隙間に自ら騎兵で突っ込んだ。
狙ったのは、ダレイオス本人になる。
王がまた逃げた。 軍は崩れる。
このとき、左翼のパルメニオンは苦戦していた。 救援を求める伝令が来たが、 アレクサンドロスは追撃を優先している。
ダレイオスは逃げた先で、 自分の部下に殺された。
アケメネス朝は、ここで終わる。