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Event / できごと

メタウルス川の戦い

Battle of the Metaurus
BC207年
重要度 4

概要

ハンニバルの弟ハスドルバルが援軍を率いてアルプスを越えた。手紙がローマに捕えられ、二人の執政官が合流して弟を破った。ハンニバルは弟の首を陣に投げ込まれて、それを知った。「カルタゴの運命が決まった」。

場所

メタウルス川
43.72°N 12.95°E · イタリア・マルケ州

関わった人(1)

ハスドルバル・バルカBC245年頃–BC207年 · 戦死

本文

ハンニバルは、 イタリアで10年、 勝ち続けて、 何も取れなかった。 同盟都市は、 カプアのほかは、 離れなかった。 兵が減っていた。 BC208年、 弟ハスドルバルが、 スペインから、 アルプスを越えた。 兄の道で。 ガリア人を集めて、 3万。 「兄と、 ウンブリアで、 合流する」。 手紙。 6人の騎兵。 道を間違えて、 タレントゥムの近くで、 ローマの兵に捕まった。 手紙は、 執政官ガイウス・クラウディウス・ネロに。

ネロは、 南でハンニバルと対峙していた。 夜、 7000の精鋭を連れて、 陣を抜けた。 残った兵に、 「いつも通りに、 火を焚け」。 ハンニバルは、 気づかなかった。 北へ、 400キロ、 7日。 沿道の農民が、 食糧を運んで、 道に並んだ。 同僚の執政官リウィウス・サリナトルの陣に、 夜、 入った。 天幕を、 増やさなかった。 ハスドルバルは、 翌朝、 ローマ軍の中に、 日焼けした馬と、 汚れた盾を見た。 「トランペットが、 二度、 鳴った」。 執政官が、 二人いる。 「兄が、 負けた」。 夜、 退いた。 道案内が、 逃げた。 メタウルス川で、 渡る場所を、 見つけられなかった。

BC207年6月22日。 ハスドルバルは、 戦うことにした。 象10頭。 ガリア人は、 酔っていた、 とリウィウス。 ネロが、 右翼から、 自軍の後ろを回って、 左翼の敵の側面に出た。 ハスドルバルは、 最後に、 ローマの隊列に、 馬で突っ込んだ。 「父と兄に、 ふさわしく」。 死者、 カルタゴ1万、 ローマ2000。

ネロは、 その夜、 南へ戻った。 6日。 ハスドルバルの首を、 ハンニバルの陣の前に、 投げ込ませた。 捕虜を2人、 鎖を解いて、 「見て、 兄に話せ」。 ハンニバルは、 「カルタゴの運命を、 見た」。 ブルッティウムへ、 引いた。 4年、 イタリアの端に、 いた。 BC203年、 帰った。 ローマ。 リウィウスとネロの、 凱旋式。 リウィウスは、 馬車で。 ネロは、 馬で、 後ろから。 「ネロが、 勝った」と、 みなが知っていた。 ネロは、 独裁官にも、 二度目の執政官にも、 ならなかった。 名前は、 ローマの皇帝ネロと同じ、 クラウディウス・ネロ家。 300年前の。

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