概要
60年ぶりにローマ皇帝の軍がローマに入った。翌年、東ゴートが一年囲み、水道を切った。以後20年の戦争でイタリアは荒れ、ローマの人口は数万に落ちる。取り戻したものは、取り戻す前より小さかった。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
ベリサリウスAD500年頃–AD565年 · 将軍本文
ヴァンダルを一年で滅ぼしたベリサリウスが、 535年、7500の兵でシチリアに上陸した。 ナポリを水道の中を通って落とし、 536年12月9日、ローマに入った。 東ゴートの守備隊は北の門から出て行った。
東ゴート王ウィティギスは翌年2月、 15万と伝わる軍でローマを囲んだ。 14の水道を切った。 ローマの水車が止まり、ベリサリウスはテヴェレ川に浮かべた船に水車をつけた。 浴場が止まった。 それから千年、ローマの丘の上に人が住めなくなる。 水は川の近くにしかなかった。
包囲は一年と九日。 飢えと疫病で両方が疲れ、538年3月にゴートが退いた。 540年、ベリサリウスはラヴェンナに入り、 ウィティギスを捕えてコンスタンティノープルに送った。 ゴートは彼を西の皇帝に立てようとした。 ベリサリウスは応じるふりをしてラヴェンナを開けさせ、応じなかった。 ユスティニアヌスはそれを疑って、呼び戻した。
戦争はそれで終わらなかった。 トティラがゴートを立て直し、 546年にローマを取り、城壁を壊し、住民を追い出した。 40日、ローマに誰も住まなかった。 ベリサリウスがまた取り、トティラがまた取った。 552年にナルセスがトティラを殺し、553年に終わった。
18年の戦争で、イタリアの都市は荒れ、 元老院貴族の家はほとんど絶えた。 ローマの人口は数万になり、 15年後にランゴバルドが北から入ってくる。 帝国はラヴェンナと南の一部を保ち、 イタリアの残りは、また失われた。