概要
教皇が西の皇帝として冠を授けた。西ヨーロッパが独自の帝国を名乗りはじめる。
場所
アーヘン
50.78°N 6.08°E · ドイツ
50.78°N 6.08°E · ドイツ
関わった人(1)
カール大帝AD748年頃–AD814年 · 当人本文
クリスマスのミサの最中、 教皇レオ3世が背後から冠を載せた。
伝記作者アインハルトは、 カール自身は予期しておらず、 知っていたら教会に入らなかったと言った、と書いている。
演出とする見方が強い。
問題は、東に皇帝がいたことになる。
しかもそのとき、 コンスタンティノープルの帝位にいたのは 女性のエイレーネーだった。
西側は「帝位が空いている」と解釈した。 女性は皇帝たりえない、という理屈になる。
東側は認めなかった。 「フランク人の王」としか呼ばない。
12年の交渉の末、 「皇帝」の称号を使うことだけ黙認された。 「ローマ人の皇帝」ではない。
ローマ帝国の後継者が二人になった。 その主張の衝突が、以後数百年続く。