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Event / できごと

『デカメロン』

The Decameron
AD1353年
重要度 4

概要

黒死病のフィレンツェから逃げた十人の男女が、十日で百の話をする。序文の疫病の記述は目撃の記録として読まれる。ラテン語でなくトスカーナ語の散文で、俗な話を上品に書いた。チョーサーがこれを写す。

場所

フィレンツェ
43.77°N 11.26°E · イタリア・トスカーナ州

関わった人(1)

ボッカッチョAD1313年–AD1375年12月21日 · 作者

本文

「デカメロン」。ギリシア語で「十日」。 1348年の疫病。 フィレンツェで10万人が死んだ、とボッカッチョは書く。 実際は6万人ほど、人口の半分。

序。 「人間らしい思いやりから、苦しむ人を慰めたい」。 女性のために書く、と。 恋に苦しむ女性は、男と違って外に出られず、 部屋で思い詰める。 その慰めに。

第1日の序文。 疫病の記述。 「腿の付け根と脇に、卵か林檎ほどの腫れ物」。 「黒い斑点」。 「三日以内に死ぬ」。 「病人の衣服に触った豚が、その場で倒れた」。 「妻が夫を、親が子を捨てた」。 「死者は犬のように穴に投げ込まれ、 船の荷のように重ねられた」。 「人々は、来る日を思わず、 昼も夜も酒場から酒場へ」。 その中で、 サンタ・マリア・ノヴェッラ教会で、 7人の女性と3人の男性が会い、 フィエーゾレの丘の別荘へ。 10日。 毎日、一人が女王か王になり、 題を決め、 一人が一話ずつ。 100話。

修道士と娼婦、 夫を欺く妻、 不幸な恋、 機知で切り抜ける話、 グリゼルダの忍耐。 第4日、タンクレーディとギスモンダ。 第5日、フェデリーゴの鷹。 第10日、グリゼルダ。

ラテン語ではない。 フィレンツェの言葉の散文。 「人間の喜劇」と後の人は呼んだ。 ダンテの「神の喜劇」と並べて。 ダンテの名は、本人がそう呼んだのではない。 ボッカッチョが『神曲』を「神聖な」と呼んだのが最初。

1373年、ボッカッチョは 「ある婦人が読むのを恥じている」と聞いて、 「私も後悔している」と手紙に書いた。 チョーサーは読んだ。 『カンタベリー物語』の枠。 シェイクスピアの『シンベリン』『終わりよければ』。 レッシング、キーツ。 1972年、パゾリーニ。

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