概要
海賊がスペインの船を襲いながら3年で地球を回った。持ち帰った金銀は女王の年収の倍で、女王は船の上で騎士にした。スペインは引き渡しを求め、女王は断った。8年後のアルマダは、ここから始まる。
場所
50.38°N -4.14°E · イギリス・イングランド
関わった人(2)
フランシス・ドレークAD1540年頃–AD1596年1月28日 · 船長エリザベス1世AD1533年9月7日–AD1603年 · 女王本文
1577年12月13日、 プリマス。 5隻、164人。 「ペリカン」号。 100トン。 目的は「アレクサンドリア」と言って、 南米へ。 女王は知っていた。 出資者の一人だった。 「スペイン王に知られるな」。
1578年6月、 サン・フリアン港。 マゼランが反乱者を処刑した場所。 絞首台の跡があった。 ドレークも、 トマス・ダウティを反逆で裁いて、 斬首した。 「私は、 紳士と船乗りを、 一緒に引かせる」。 「紳士も綱を引け」。 8月、 マゼラン海峡。 16日で抜けた。 「ゴールデン・ハインド」に改名。 出資者ハットンの紋章の鹿。 太平洋。 嵐。 52日。 南へ流された。 ホーン岬の南。 「ドレーク海峡」。 残りは1隻。
1579年、 チリ、 ペルー。 バルパライソ、 カヤオ。 スペインの船は、 太平洋に敵がいると思っていなかった。 武装していなかった。 3月1日、 「カカフエゴ」号。 「糞火」。 本当の名は「ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・コンセプシオン」。 6日追って、 夜、 一斉射撃。 金80ポンド、 銀26トン、 宝石。 36万ペソ。 当時のイングランドの国庫の半分。 「積み替えに6日かかった」。
北へ。 北西航路を探した。 カリフォルニア。 「ノヴァ・アルビオン」。 真鍮の板を釘で打ちつけた。 1936年に「発見」された板は、 偽物だった。 太平洋を横断。 68日。 モルッカ。 香料。 ジャワ。 喜望峰。 1580年9月26日、 プリマス。 2年10か月。 56人。 「女王は、 生きているか」。 最初に聞いた。
スペイン大使メンドーサ。 「海賊を引き渡し、 盗品を返せ」。 エリザベス。 半年、 答えなかった。 1581年4月4日、 デトフォード。 ゴールデン・ハインドの甲板。 女王が来た。 剣を、 フランス大使に渡して、 「サー・フランシス」。 フランスに責任を分けた。 出資者の配当、 4700%。 女王の取り分で、 外債を全部返して、 レヴァント会社に出資した。 ケインズ。 「ドレークの略奪が、 イギリスの海外投資の元手になった」。 ゴールデン・ハインドは、 デトフォードで展示された。 腐って、 1660年代に消えた。 椅子が、 オックスフォードにある。