概要
二度宋に渡った僧が、臨済の禅と茶の種を持ち帰った。博多に最初の禅寺を建て、鎌倉に招かれた。『喫茶養生記』を書いて、二日酔いの将軍に茶を勧めた。
場所
博多
33.59°N 130.40°E · 日本・福岡県
33.59°N 130.40°E · 日本・福岡県
関わった人(1)
栄西AD1141年–AD1215年 · 開祖本文
備中の神主の子で、比叡山で天台を学んだ。 1168年、28歳で宋に渡り、天台山を見て半年で帰った。 1187年、47歳で二度目に渡った。 インドへ行くつもりで許可が下りず、 天台山万年寺の虚庵懐敞について臨済の禅を受けた。
1191年に帰って博多に着いた。 聖福寺を建てた。日本最初の禅寺と碑にある。 比叡山が禅の布教を止めるよう朝廷に訴え、 栄西は『興禅護国論』を書いて答えた。 禅は国を守る、と。
1199年に鎌倉へ下り、北条政子が寿福寺を建てた。 1202年、源頼家が京に建仁寺を建てた。 天台と真言と禅を一つの寺に置いた。 比叡山の目を避けるため、と言われる。
茶の種を持ち帰って、背振山と栂尾に植えた。 栂尾の明恵に贈った種が、宇治茶の元だとされる。 1214年、二日酔いの将軍実朝に茶を勧め、 『喫茶養生記』を献じた。 「茶は養生の仙薬なり、延齢の妙術なり」で始まる。 日本の茶の歴史は、この僧で始まることになっている。