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Event / できごと

アユタヤの陥落

Fall of Ayutthaya
AD1767年
重要度 3

概要

ビルマ軍が400年続いた都を焼いた。記録の多くが失われ、王朝はバンコクで建て直される。

場所

アユタヤ
14.35°N 100.57°E · タイ

関わった人(1)

タークシンAD1734年4月17日–AD1782年4月7日 · 包囲を突破し、のちに再統一する

本文

ビルマ軍が、400年続いた都を焼いた。

包囲は14か月に及んだ。

寺院が壊され、仏像の金が剥がされ、 王宮の記録が焼かれた。

住民の多くが連行された。

失われた記録の量が大きい。 アユタヤ時代の年代記の多くが、 後に記憶と断片から復元されたものになる。

そのため、この王朝の歴史には 確かめられない部分が多く残る。

7か月後、タークシンが軍を集めて ビルマ軍を追い出した。

都はトンブリー、次いでバンコクへ移る。

新しい都は、意識してアユタヤを模して造られた。 王宮の配置も、寺院の様式も。

失ったものを、形だけでも再現しようとした。

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