概要
帝国の重心が東へ移った。この都はこの後1100年以上続く。
場所
コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール
関わった人(1)
コンスタンティヌス1世AD272年頃–337年5月22日 · 当人本文
ビザンティウムという古いギリシアの植民市があった場所に、 新しい都が建てられた。
位置がすべてだった。 ヨーロッパとアジアを分ける海峡に面し、 黒海と地中海を結ぶ水路を押さえる。 三方を海に囲まれ、陸側だけ壁を築けばよい。
穀物の供給地エジプトにも、 敵になったササン朝の方面にも、ローマより近い。 帝国の重心が、実務として東へ移っていた。
ローマ市は元老院とともに残ったが、 皇帝がそこにいない都市になった。 この新しい都は、1453年まで1123年続く。 西ローマが消えたあとも、住民は自分たちをローマ人と呼び続けた。
出典(2)
塩野七生 『ローマ人の物語』XIII 最後の努力
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第17章