概要
キリスト教を含むすべての信仰を認めた。300年続いた迫害が終わる。
場所
メディオラヌム
45.46°N 9.19°E · イタリア・ミラノ
45.46°N 9.19°E · イタリア・ミラノ
関わった人(1)
コンスタンティヌス1世AD272年頃–337年5月22日 · 発布本文
勅令というより、二人の皇帝の合意を各地の総督に伝えた文書になる。 キリスト教だけを認めたのではなく、 すべての者が望む神を礼拝してよい、という書き方をしている。
直前の10年は、帝国史上最も激しい迫害の時期だった。 教会は壊され、聖書は焼かれ、聖職者は投獄された。 それを止めたことになる。
コンスタンティヌスの改宗の動機は議論がある。 戦いの前に空に十字の徴を見たという話は本人の証言に基づくが、 政治的な計算を見る研究者も多い。 帝国の人口に占めるキリスト教徒は、 この時点で1割前後と推計される。
少数派を公認した勅令だった。 67年後、その宗教が唯一の公認宗教になり、 他の祭祀が禁じられる側に回る。
出典(3)
ユヴァル・ノア・ハラリ(柴田裕之 訳) 『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』第13章 歴史の必然と謎めいた選択
塩野七生 『ローマ人の物語』XIII 最後の努力
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第16章