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Event / できごと

ジョットのスクロヴェーニ礼拝堂

Giotto paints the Scrovegni Chapel
AD1305年
重要度 4

概要

高利貸しの息子が父の罪を償うために建てた礼拝堂に、ジョットがキリストとマリアの生涯を描いた。平面の聖像が、重さと影と表情を持った。「ユダの接吻」の二人の目。絵画がここから変わったと、ヴァザーリは書いた。

場所

パドヴァ
45.41°N 11.88°E · イタリア・ヴェネト州

関わった人(1)

ジョットAD1267年頃–AD1337年1月8日 · 画家

本文

エンリコ・スクロヴェーニは高利貸しレジナルドの子。 父はダンテの地獄篇で、 高利貸しの中に「妊娠した青い雌豚の紋章」の財布を下げて座っている。 息子は古いローマの円形闘技場の跡地を買い、 礼拝堂を建てた。 父の罪の償い。 自分の魂のため。 1303年に着工、1305年に献堂。

ジョットは1303年から1305年に描いた。 壁一面。 三段の帯。 ヨアキムとアンナ、マリアの生涯、キリストの生涯。 下に七つの徳と七つの悪徳をグリザイユで。 入口の壁に最後の審判。 その中に、エンリコが礼拝堂の模型をマリアに捧げている。 天井は青。 星。 ラピスラズリ。

「ユダの接吻」。 ユダの黄色い外套がイエスを包み、 二人の目が合う。 「キリストの哀悼」。 天使が空で身をよじり、 マリアが息子の顔を抱き、 背中を向けた人物が二人、前景に座っている。 顔が見えない人を、絵の前に置いた。

「ジョットは絵画の技術をギリシア式から現代のラテン式に変え、 自然に従った」とチェンニーニは書いた。 ボッカッチョは『デカメロン』で、 「自然が作ったもので、彼が描いて本物と見紛わないものはなかった」。

1306年、ハレー彗星。 「東方三博士の礼拝」の星は、 その彗星だと考えられている。 1986年、ハレー彗星に向かった探査機は「ジョット」と名づけられた。

同じ時代のできごと

イフェの頭像AD12〜15世紀ポリネシア三角形の完成AD13〜14世紀アオテアロアへの到達AD1300年頃悪党の登場AD13世紀末〜14世紀白藤江の戦い(元寇撃退)AD1288年アッコンの陥落AD1291年5月18日『東方見聞録』AD1298年(獄中での口述)キルワとインド洋交易AD1300年頃