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Event / できごと

ヘロデの神殿

Herod rebuilds the Temple
BC20年
重要度 4

概要

第二神殿を土台から建て直した。神殿の丘を倍に広げ、擁壁を築いた。その西側の壁が「嘆きの壁」。完成はAD64年で、6年後にローマが壊した。イエスが歩いたのは、この工事中の神殿になる。

場所

エルサレム
31.77°N 35.21°E · イスラエル/パレスチナ

関わった人(1)

ヘロデ大王BC73年頃–BC4年 · 王

本文

ソロモンの神殿はBC586年に壊され、 第二神殿はBC516年に建った。 小さかった。

ヘロデはBC20年頃、それを建て直すと言った。 祭司たちは、壊したまま建てられないのではないかと恐れた。 ヘロデは材料を全部揃えてから始め、 祭司1000人に石工の仕事を教えて、 至聖所は祭司だけで建てさせた。 神殿本体は1年半、 外の柱廊と広場は80年かかった。

神殿の丘の面積を倍にした。 南側に巨大な擁壁を築いて、丘を四角い台地にした。 石は一つが数トン、大きいものは500トン。 西側の壁がいまの「嘆きの壁」で、 ヘロデの擁壁の一部になる。 南西の角にトランペットを吹く場所があり、 その角石が落ちたまま、下の道路に残っていた。

異邦人の庭、女の庭、イスラエルの庭、祭司の庭、神殿。 異邦人の庭より奥に入る異邦人は死刑、という石の警告板が2枚見つかっている。 ギリシア語で。

AD64年に完成し、 66年に反乱が起き、 70年8月にティトゥスが焼いた。 ヨセフスは、ティトゥスは焼くなと命じたのに兵が焼いた、と書く。 ローマ側の記録は、そう書いていない。

イエスが商人の台を倒したのは、この異邦人の庭になる。 「この神殿を壊してみよ、三日で建てる」。 「46年かけて建てた神殿を」と人々は言った。 まだ建てている途中だった。

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