概要
巡礼のつもりで出た旅が30年、12万kmになった。行く先々でイスラーム法官として職を得られたことが、この距離を可能にしている。
場所
タンジール
35.76°N -5.83°E · モロッコ
35.76°N -5.83°E · モロッコ
関わった人(1)
イブン・バットゥータAD1304年2月24日–AD1369年頃 · 旅人本文
30年、およそ12万km。 マルコ・ポーロの三倍を超える距離になる。
これを可能にしたのは、イスラーム法だった。 どこへ行っても同じ法が使われている。 学んだ者は、行った先でカーディー(法官)として職を得られる。 ダール・アル=イスラームという一つの世界の内側を、 彼はずっと移動していた。
書き残されたのは帰国後で、 スルタンの命で書記に口述したものになる。
記憶違いも、他人の旅行記からの借用も混じっている。 訪れたと書いている土地に実際は行っていない、 と指摘される箇所がある。
それでも、14世紀のイスラーム世界の広がりを 一人の目で通して見られる史料は、他にない。
書き取った書記は、文章を整えるにあたって 既存の旅行記から表現を借りた。 残った文章は、二人の合作になる。
出典(1)
イブン・バットゥータ 『大旅行記(リフラ)』全篇