概要
マリ王が大量の金を配りながらメッカへ向かい、通り道の金相場を崩したと伝わる。
場所
トンブクトゥ
16.77°N -3.01°E · マリ
16.77°N -3.01°E · マリ
関わった人(1)
マンサ・ムーサ?–AD1337年頃 · 当人本文
隊列は数千人から数万人と伝わる。 数字には幅がある。 それぞれが金の杖を持ち、ラクダが金の延べ棒を運んだ。
道々で施しをした。 カイロに数か月滞在し、大量の金を使い、贈った。
その結果、カイロの金相場が崩れた。 影響が消えるまで10年以上かかったという記述がある。 一人の旅行者が、地域経済を壊せるほどの金を持っていた。
帰路は、使いすぎて金を借りている。
この巡礼で、マリという国の名がヨーロッパに届いた。 1375年のカタルーニャ地図には、 金の玉を手にした王としてマンサ・ムーサが描かれている。 アフリカ内陸の王が、ヨーロッパの地図に載った。
「史上最も裕福な人物」という言われ方をするが、 中世の富を現代の通貨に換算する計算には そもそも無理がある。
出典(1)
イブン・ハルドゥーン 『歴史序説』第1部