← 地図で見る
Event / できごと

聖像破壊論争

Byzantine iconoclasm
726年 – 843年
期間を持つできごと重要度 3

概要

像を拝むのは偶像崇拝かをめぐって100年争った。西方教会との溝が深まり、1054年の分裂につながる。

場所

コンスタンティノープル
41.01°N 28.98°E · トルコ・イスタンブール

本文

像を拝むのは偶像崇拝ではないか。

皇帝レオン3世が聖像の破壊を命じた。

背景に、イスラーム勢力の台頭があるという説がある。 偶像を持たない相手に負け続けていることへの反省、と。

100年争った。 破壊する側と、守る側が、皇帝の代替わりごとに入れ替わる。

守る側の理屈が、神学として整った。 神が人になった以上、その姿は描ける。 描かれた像を拝むのではなく、 像を通してその向こうを拝むのだ、と。

西方教会は、この争いに巻き込まれなかった。 ローマ教皇は像の破壊に反対し、 コンスタンティノープルとの溝が深まる。

最終的に、像は認められた。 ただし彫像ではなく平面のイコンに限る、 という形が正教会に残った。

1054年の東西分裂の、遠い一因になる。

同じ時代のできごと

平城京遷都AD710年開元の治AD713年リンディスファーンの福音書AD715年頃コンスタンティノープル包囲とギリシア火717年トゥール・ポワティエ間の戦いAD732年オルホン碑文AD732年(毘伽可汗碑は735年)天平の疫病735年唐詩の頂点740年