← 地図で見る
Event / できごと

「鉄のカーテン」演説

Iron Curtain speech
AD1946年3月5日
重要度 4

概要

チャーチルがヨーロッパを分ける線を名づけた。冷戦という言葉が現実になっていく。

場所

フルトン
38.85°N -91.95°E · アメリカ合衆国・ミズーリ州

関わった人(1)

チャーチルAD1874年11月30日–AD1965年1月24日 · 演説

本文

チャーチルが、アメリカの大学で講演した。

当時、彼は首相ではない。 選挙に負けて野党の党首になっていた。

「バルト海のシュチェチンから、 アドリア海のトリエステまで、 大陸を横切る鉄のカーテンが降ろされた」。

その線の東で、何が起きているか分からない、と。

当時、この演説は批判された。 ソ連は同盟国だったばかりで、 対立を煽っているという反発が強かった。

トルーマンも、公には距離を置いた。

だが、1年後に封じ込め政策が始まる。

「冷戦」という語が広まるのも、この頃になる。

言葉が、状況に名前を与えた。

名前が付くと、それが現実として扱われるようになる。

同じ時代のできごと

ラマン効果の発見AD1928年2月28日世界恐慌1929年カザフの飢饉1930年塩の行進1930年満洲事変AD1931年9月18日金本位制の崩壊AD1931年9月ホロドモール1932年ナチスの政権掌握AD1933年1月30日