概要
女真の皇帝が、都を満洲の会寧府から燕京に移し、中都と名づけた。北京が王朝の都になった最初になる。以後、元・明・清がここに都を置く。
場所
北京
39.90°N 116.41°E · 中国
39.90°N 116.41°E · 中国
本文
金の都は会寧府(いまのハルビン近郊)にあった。 女真の故地で、宋を降し、中国北半を治めるには遠すぎた。
海陵王完顔亮は、従兄の皇帝を殺して帝位を取った。 1151年から燕京の造営を始め、 1153年に遷都して中都と名づけた。 会寧の宮殿は壊させ、皇族の墓も移した。 女真の貴族の反対を、殺すことで抑えた。
遼の南京(燕京)を三倍に広げ、 開封の宮殿を写し、その材木と職人を運ばせた。 いまの北京の西南、広安門の外がその跡になる。
海陵王は1161年に南宋を攻め、 長江の采石で負け、部下に殺された。 だが都は動かなかった。 金のあと、元がその北東に大都を建て、 明・清がそれを継いだ。 北京が王朝の都であることは、この年から始まる。