概要
王も法に従うと文書で認めさせた。立憲政治の遠い出発点とされる。
場所
ラニーミード
51.44°N -0.57°E · イギリス・イングランド
51.44°N -0.57°E · イギリス・イングランド
本文
王ジョンが、貴族に強いられて署名した。
戦争に負け続け、 その戦費を重い税で取っていた。
63の条項が並ぶ。
大半は、貴族の特権に関する具体的な取り決めになる。 相続税の額、後見人の義務、森林の利用。
そのうちの二つが、後に残った。
自由人は、法によらずに 逮捕・追放されない。
そして、正義を売らず、拒まず、遅らせない。
当時、これは貴族のための条文だった。 「自由人」に、人口の大半を占める農奴は含まれない。
王は、署名の直後に教皇に無効を申請した。 認められている。
内戦になった。
それでも、その後の王が繰り返し確認させられ、 17世紀に議会派が、王権を制限する根拠として持ち出した。
意味は、後から与えられた。