概要
ノートルダムの学校に集まった教師と学生が組合を作り、王から市の裁判権を免れる特権を得た。神学の中心になり、トマス・アクィナスが教えた。ボローニャと並ぶ、大学というものの原型。
場所
パリ
48.86°N 2.35°E · フランス
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
12世紀の初め、ノートルダムの司教座聖堂の学校に アベラールが教えていた。 学生が集まり、教師が集まり、 セーヌ左岸に学校が増えた。
教師たちは自分たちの組合(ウニウェルシタス)を作った。 職人の組合と同じ言葉である。 ボローニャでは学生の組合が先だったが、パリでは教師の組合が先だった。
1200年、学生と市民の喧嘩で学生が何人か殺された。 国王フィリップ2世は市の役人を罰し、 学生を市の裁判ではなく教会裁判所で裁くことを認めた。 これが大学の最初の特権になる。 1215年に教皇特使が学則を認め、 1231年に教皇グレゴリウス9世が「諸学の母」と呼んで 教師の罷業権を認めた。
神学、教会法、医学、学芸の四つの学部。 学芸学部には出身地ごとに四つの国民団があった。 講義はラテン語で、教科書は口述筆記。
1257年、ロベール・ド・ソルボンが貧しい神学生の寮を建てた。 ソルボンヌの名の起こりになる。 トマス・アクィナスがここで教え、 オックスフォードの学者たちはここから帰って自分の大学を作った。