概要
洪水のあと、詩人でもある同盟国の王が16キロの堤防を設計した。塩水と真水を分け、湖上の都を守る。水道橋も引いている。
場所
テノチティトラン
19.43°N -99.13°E · メキシコ・メキシコシティ
19.43°N -99.13°E · メキシコ・メキシコシティ
関わった人(1)
ネサワルコヨトルAD1402年4月28日–AD1472年 · 設計本文
テノチティトランは、湖の中の島に建っていた。
湖は、塩水と真水が混ざっていた。
北のテスココ湖の水は塩を含み、 南のソチミルコ湖の水は真水になる。
洪水が起きると、塩水が畑に入る。
1449年の洪水のあと、 テスココの王ネサワルコヨトルが堤防を設計した。
16キロ。
湖を南北に仕切る。
木の杭を二列に打ち、間に石と土を詰めた。
真水の側で、チナンパという浮き畑の耕作ができるようになる。
水道橋も引いた。
チャプルテペクの泉から、二本の土管を並べて。
一本を掃除する間、もう一本で水を送る。
この王は詩人でもあった。
「われらは永遠にこの地にあるのではない。 ただ一度、過ぎてゆくのみ」。
堤防は、スペインの征服のあと維持されなくなった。
湖は干上がり、いまその上にメキシコシティが沈みつつある。