概要
文字を持たないまま、4万kmの道路網と結縄で南米西岸を統治した。
場所
クスコ
-13.53°N -71.97°E · ペルー
-13.53°N -71.97°E · ペルー
関わった人(2)
パチャクテクAD1418年頃–AD1471年頃 · 拡大を主導アタワルパAD1502年頃–AD1533年7月26日 · 最後の皇帝本文
文字を持たない。
それで、南北4000キロを統治した。
道路網が4万キロに及ぶ。 山を越え、谷に吊り橋を架けた。 その橋は、毎年地元の共同体が架け替える。
チャスキという飛脚が、 リレー式で情報を運んだ。 一日240キロ進んだとされる。
記録はキープ(結縄)で取った。 色と結び目の位置と種類で、数を表す。
人口、収穫、家畜、労働の割り当て。 それが全部、紐で管理されていた。
数以外の情報も含まれていたという説があるが、 解読されていない。
ミタと呼ばれる労働の義務があった。 税を物ではなく、労働で納める。
その労働で、道路も、段々畑も、 そして石組みの都市も作られた。
出典(1)
チャールズ・C・マン(布施由紀子 訳) 『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』第2部(アンデスの国家)