概要
二つの病を初めて区別して書いた。発疹の出方、熱の経過、看護の方法。ガレノスに無い病気を、自分で見て書いた。ラテン語に訳され、18世紀まで読まれた。
場所
レイ
35.59°N 51.44°E · イラン・テヘラン
35.59°N 51.44°E · イラン・テヘラン
関わった人(1)
ラーズィーAD865年頃–AD925年頃 · 著者本文
『キターブ・アル・ジャダリー・ワル・ハスバ』。 天然痘と麻疹の書。 20章ほど。
天然痘は「血の発酵」から起こり、 子供の血が「沸騰する」ときに出る。 誰もが一度かかる。 ガレノスはそれを書いていない、 と最初に言う。 「ガレノスは、この病気について何も言っていない」。
前兆。 持続する熱、 背中の痛み、 鼻と手の痒み、 眠気、 目の赤み、 顔の腫れ、 声のかすれ。 麻疹は吐き気と不安が強く、 背中の痛みは天然痘のほうが強い。
処置。 熱を下げる、冷たい水、 発疹を早く出す、 目を守る(バラ水を目に注ぐ)、 喉を守る、 膿疱を潰さない、 瘢痕を残さないための軟膏。 水を飲ませ、 部屋を涼しくする。
ラーズィーはガレノスを読み込んだ上で、 『ガレノスへの疑い』を書いた。 「私はガレノスを愛するが、真実をもっと愛する」。 四体液説は残した。 だが、書いていないことは、自分で見た。
12世紀にラテン語に。 『デ・ペスティレンティア』。 1498年にヴェネツィアで印刷され、 1766年にロンドンで英訳された。 ジェンナーの30年前。 18世紀の医者は、まだこの本で天然痘を学んでいた。
ラーズィーは『ハーウィー』(包括の書)も残した。 23巻。 死後に弟子が、遺されたノートを集めた。 ギリシア、インド、ペルシアの医学の引用と、 自分の患者の記録。 「私はこれを見た」。 シチリアのユダヤ人ファラジュがラテン語に訳して、 『コンティネンス』。 1279年。 アンジュー家のシャルルのために。