概要
蜀に仕えて晋に仕えた史官が、魏・蜀・呉を65巻に書いた。魏を正統にし、蜀に「本紀」を立てなかった。倭人伝はその一部。130年後に裴松之が注を付けて倍にし、1100年後に小説になった。
場所
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
関わった人(1)
陳寿AD233年–AD297年 · 著者本文
陳寿。 巴西、 安漢。 四川。 BC233年。 譙周に、 学んだ。 「蜀の、 史官」。 「観閣令史」。 宦官、 黄皓。 「みな、 黄皓に、 へつらった。 陳寿だけ、 しなかった」。 左遷。 BC263年、 蜀が、 滅んだ。 父の、 喪中に、 病んで、 侍女に、 薬を、 作らせた。 「不孝」。 また、 左遷。 張華。 晋の、 大臣。 「陳寿は、 才がある」。 「孝廉」。 佐著作郎。 「諸葛亮集」。 24篇。 編纂。 献じた。 BC274年。 「諸葛亮は、 政治は、 うまく、 軍は、 下手だった」。 そう書いた、 と、 言われる。 本文には、 「応変の、 将略は、 その、 長ずる、 所に、 非ざるか」。 「たぶん」。 「父が、 馬謖の、 参軍で、 髡刑(髪を、 剃られた)に、 なったから」。 「諸葛瞻が、 陳寿を、 軽んじたから」。 「私怨」。 『晋書』の、 陳寿伝。 「丁儀、 丁廙の、 子に、 『米、 千斛を、 くれれば、 父の、 伝を、 立てる』」。 「くれなかったので、 立てなかった」。 本当かどうか。 「良史」。 夏侯湛が、 『魏書』を、 書いていて、 陳寿の、 ものを、 見て、 自分のを、 焼いた。 張華。 「私は、 『晋書』を、 あなたに」。 BC280年、 呉が、 滅んだ。 書いた。 「魏書」30巻、 「蜀書」15巻、 「呉書」20巻。 65巻。 「三国志」は、 後の名。 「三国志」で、 一つに。 「魏書」に、 「本紀」。 「武帝紀」。 曹操。 「文帝紀」。 「明帝紀」。 蜀と、 呉の、 君主は、 「伝」。 「先主伝」。 劉備。 「後主伝」。 「呉主伝」。 孫権。 「主」。 「帝」で、 ない。 魏が、 正統。 晋は、 魏から、 受けた。 だから。 蜀を、 正統にしたのは、 習鑿歯、 BC4世紀。 朱熹。 『演義』。 「簡潔」。 「削りすぎ」。 「志では、 ない」。 「表」も、 「志」も、 ない。 「列伝と、 本紀だけ」。 BC297年、 死んだ。 65歳。 「治書侍御史」。 「母の、 遺言で、 洛陽に、 葬った」。 「故郷に、 帰さなかった」。 「不孝」。 また。 范頵が、 上表して、 「陳寿の、 本は、 辞、 多く、 勧誡。 明、 乎、 得失。 益、 風化。 司馬遷と、 班固に、 比べても、 質直、 過ぎる」。 晋は、 写させた。 BC429年。 裴松之。 宋の、 文帝。 「簡略すぎる」。 「注をつけよ」。 140種以上の、 本を、 引用。 『魏略』 『九州春秋』 『江表伝』 『献帝春秋』 『曹瞞伝』 『漢晋春秋』。 どれも、 いま、 ない。 裴注の、 中にだけ。 「本文と、 注が、 同じ量」。 「注の方が、 面白い」。 「魏書」東夷伝。 「倭人」。 2000字。 「邪馬台国」。 「卑弥呼」。 「魏志倭人伝」という、 本は、 ない。 「三国志」魏書30巻、 烏丸鮮卑東夷伝の、 倭人の、 条。 それが、 日本の、 最初の、 歴史。 陳寿は、 日本の、 ことを、 知らなかった。 魏の、 使者の、 報告を、 写した。 「周旋、 五千余里」。 1000年後、 羅貫中。 「三国志通俗演義」。 「七分の、 実、 三分の、 虚」。 章学誠。 陳寿の、 七分。