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Event / できごと

陳寿『三国志』

Records of the Three Kingdoms
AD285年頃
年に諸説あり重要度 4

概要

蜀に仕えて晋に仕えた史官が、魏・蜀・呉を65巻に書いた。魏を正統にし、蜀に「本紀」を立てなかった。倭人伝はその一部。130年後に裴松之が注を付けて倍にし、1100年後に小説になった。

場所

洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省

関わった人(1)

陳寿AD233年–AD297年 · 著者

本文

陳寿。 巴西、 安漢。 四川。 BC233年。 譙周に、 学んだ。 「蜀の、 史官」。 「観閣令史」。 宦官、 黄皓。 「みな、 黄皓に、 へつらった。 陳寿だけ、 しなかった」。 左遷。 BC263年、 蜀が、 滅んだ。 父の、 喪中に、 病んで、 侍女に、 薬を、 作らせた。 「不孝」。 また、 左遷。 張華。 晋の、 大臣。 「陳寿は、 才がある」。 「孝廉」。 佐著作郎。 「諸葛亮集」。 24篇。 編纂。 献じた。 BC274年。 「諸葛亮は、 政治は、 うまく、 軍は、 下手だった」。 そう書いた、 と、 言われる。 本文には、 「応変の、 将略は、 その、 長ずる、 所に、 非ざるか」。 「たぶん」。 「父が、 馬謖の、 参軍で、 髡刑(髪を、 剃られた)に、 なったから」。 「諸葛瞻が、 陳寿を、 軽んじたから」。 「私怨」。 『晋書』の、 陳寿伝。 「丁儀、 丁廙の、 子に、 『米、 千斛を、 くれれば、 父の、 伝を、 立てる』」。 「くれなかったので、 立てなかった」。 本当かどうか。 「良史」。 夏侯湛が、 『魏書』を、 書いていて、 陳寿の、 ものを、 見て、 自分のを、 焼いた。 張華。 「私は、 『晋書』を、 あなたに」。 BC280年、 呉が、 滅んだ。 書いた。 「魏書」30巻、 「蜀書」15巻、 「呉書」20巻。 65巻。 「三国志」は、 後の名。 「三国志」で、 一つに。 「魏書」に、 「本紀」。 「武帝紀」。 曹操。 「文帝紀」。 「明帝紀」。 蜀と、 呉の、 君主は、 「伝」。 「先主伝」。 劉備。 「後主伝」。 「呉主伝」。 孫権。 「主」。 「帝」で、 ない。 魏が、 正統。 晋は、 魏から、 受けた。 だから。 蜀を、 正統にしたのは、 習鑿歯、 BC4世紀。 朱熹。 『演義』。 「簡潔」。 「削りすぎ」。 「志では、 ない」。 「表」も、 「志」も、 ない。 「列伝と、 本紀だけ」。 BC297年、 死んだ。 65歳。 「治書侍御史」。 「母の、 遺言で、 洛陽に、 葬った」。 「故郷に、 帰さなかった」。 「不孝」。 また。 范頵が、 上表して、 「陳寿の、 本は、 辞、 多く、 勧誡。 明、 乎、 得失。 益、 風化。 司馬遷と、 班固に、 比べても、 質直、 過ぎる」。 晋は、 写させた。 BC429年。 裴松之。 宋の、 文帝。 「簡略すぎる」。 「注をつけよ」。 140種以上の、 本を、 引用。 『魏略』 『九州春秋』 『江表伝』 『献帝春秋』 『曹瞞伝』 『漢晋春秋』。 どれも、 いま、 ない。 裴注の、 中にだけ。 「本文と、 注が、 同じ量」。 「注の方が、 面白い」。 「魏書」東夷伝。 「倭人」。 2000字。 「邪馬台国」。 「卑弥呼」。 「魏志倭人伝」という、 本は、 ない。 「三国志」魏書30巻、 烏丸鮮卑東夷伝の、 倭人の、 条。 それが、 日本の、 最初の、 歴史。 陳寿は、 日本の、 ことを、 知らなかった。 魏の、 使者の、 報告を、 写した。 「周旋、 五千余里」。 1000年後、 羅貫中。 「三国志通俗演義」。 「七分の、 実、 三分の、 虚」。 章学誠。 陳寿の、 七分。

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