概要
三世紀の危機でローマが揺れた隙に自立し、エジプトまで押さえた。5年で鎮圧される。
場所
パルミラ
34.55°N 38.27°E · シリア・ホムス県
34.55°N 38.27°E · シリア・ホムス県
関わった人(1)
ゼノビアAD240年頃–? · 当人本文
パルミラは砂漠の隊商都市で、 東西の交易でローマ有数の富を蓄えていた。
夫が暗殺されたあと、幼い息子の摂政として立った。 ローマが三世紀の危機で手一杯なのを見て、 エジプトとアナトリアの大半を押さえる。 ローマの穀倉を握ったことになる。
自らをクレオパトラの子孫と称した。 宮廷にギリシアの哲学者を招き、 複数の言語が使われる都市を治めている。
アウレリアヌス帝に敗れ、捕らえられた。 その後については、凱旋式で金の鎖につながれて引き回された後 ローマ近郊で余生を送ったという話と、 移送中に死んだという話がある。 パルミラは反乱の再発で破壊された。