概要
解体された帝国の跡に共和国が立った。文字をラテン字に替え、暦も法も服装も入れ替える。
場所
アンカラ
39.93°N 32.86°E · トルコ
39.93°N 32.86°E · トルコ
関わった人(1)
ケマル・アタテュルクAD1881年頃–AD1938年11月10日 · 当人本文
解体された帝国の跡に、共和国が立った。
セーヴル条約で、領土の大半を失うところだった。 ムスタファ・ケマルが抵抗運動を組織し、 ギリシア軍を撃退して、条約を結び直させた。
その後の改革が、徹底していた。
カリフ制を廃止した。 1300年続いたイスラームの最高権威が消える。
法をスイス民法とイタリア刑法に置き換えた。 イスラーム法の適用をやめる。
文字をアラビア文字からラテン文字に替えた。 本人が黒板を持って各地を回り、教えている。
暦をグレゴリオ暦に、 休日を金曜から日曜に。
帽子について法律を作り、 フェズの着用を禁じた。
姓を名乗ることを義務づけ、 自らアタテュルク(トルコ人の父)の姓を議会から贈られた。
上から急速に作り替えた。 その反動が、いまも政治の対立軸になっている。