概要
窓口を長崎の出島などに絞った。外を完全に閉じたのではなく、幕府が交易を独占した状態に近い。
場所
出島
32.74°N 129.87°E · 日本・長崎県
32.74°N 129.87°E · 日本・長崎県
本文
ポルトガル船の来航を禁じた。
「鎖国」という語は、 19世紀にオランダ語の文献を訳す際に作られた。 当時、そう呼ばれてはいない。
完全に閉じたのではない。
四つの口が開いていた。 長崎でオランダと中国、 対馬で朝鮮、 薩摩で琉球、 松前でアイヌ。
変わったのは、 誰が交易するかを幕府が決めるようになったことになる。
大名が独自に外国と取引すれば、 富と武器を得て強くなる。 それを防ぐ狙いがある。
キリスト教の禁止も、 信仰そのものより、 領主への忠誠と競合することが問題にされた。
オランダは、布教しないという条件で残された。
情報は入ってきた。 オランダ風説書で、世界の動きは把握されていた。
出典(2)
網野善彦 『日本の歴史をよみなおす』第2章 貨幣と商業・金融(海の民から見た「鎖国」)
ルース・ベネディクト(長谷川松治 訳) 『菊と刀 日本文化の型』第3章(各々其ノ所ヲ得)