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Event / できごと

サルフの戦い

Battle of Sarhū
AD1619年
重要度 4

概要

明の大軍を四つに分けて進ませ、ヌルハチが各個に破った。明が満洲を守れないと分かり、25年後に北京が落ちる。

場所

サルフ位置は特定されていない(誤差 ±km)
41.80°N 124.30°E · 中国・遼寧省撫順市付近

関わった人(1)

ヌルハチAD1559年–AD1626年 · 総指揮

本文

ヌルハチが「七大恨」を宣して挙兵した翌年になる。

明は、大軍を送った。

号して47万、実数は10万前後とされる。

四つの道に分けて、同時にヘトゥアラを目指した。

包囲する形になる。

ヌルハチの兵は6万ほど。

分けた敵を、一つずつ叩いた。

「汝が幾路より来るとも、我はただ一路を行く」。

五日で、三つの軍を潰した。

残る一つは撤退した。

明が満洲を守れないことが、これではっきりした。

以後、攻守が入れ替わる。

明は遼東の防衛線に金をつぎ込み、 その負担が財政を圧迫した。

農民の反乱が起き、 その反乱軍が北京を落とし、 その隙に清が山海関を越える。

サルフから、25年後になる。

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