概要
人口10万を超え、同時代のローマと並ぶ規模だった。誰が建てたのか、どの言語を話したのかも分かっていない。
場所
テオティワカン
19.69°N -98.84°E · メキシコ
19.69°N -98.84°E · メキシコ
本文
人口10万から20万。 同時代の世界で最大級の都市になる。
死者の大通りと呼ばれる大路が中心を貫き、 太陽のピラミッドと月のピラミッドが並ぶ。
碁盤の目に区画され、 集合住宅に多くの人が住んでいた。 壁画のある部屋が数百見つかっている。
分かっていないことが多い。
誰が建てたのか。 どの言語を話したのか。 王は誰だったのか。
王の墓も、王の像も、 王の名を記した碑文も見つかっていない。
マヤの都市の碑文に、 テオティワカンからの介入を示す記述がある。 影響力は遠くまで及んでいた。
7世紀に中心部が焼かれ、放棄された。 外からの侵入か、内部の反乱かも分かっていない。
数百年後、アステカの人々がここを訪れ、 神々が世界を作った場所として崇めた。
出典(1)
デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ(酒井隆史 訳) 『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』第9章(住民のために建て直された都市)