概要
版図がここで頂点に達した。以後の皇帝は広げるのではなく守る側に回る。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(2)
トラヤヌス53年9月18日–117年8月8日 · 当人ハドリアヌス76年1月24日–138年7月10日 · 守りへ転じた本文
トラヤヌスはヒスパニア出身で、 イタリア以外から出た最初の皇帝になる。
ダキア(今のルーマニア)を征服して金鉱を得た。 その戦利品でローマに広場と市場を作り、 記念柱に遠征の一部始終を螺旋状に彫らせている。 兵士の装備が分かる史料としても使われる。
117年、メソポタミアまで進んでペルシア湾を見た。 アレクサンドロスのように東へ行きたかったが、 年を取りすぎたと言った、と伝わる。
その帰路に病で死ぬ。 後を継いだハドリアヌスは、 翌年にはメソポタミアを放棄した。 広げすぎて守れないという判断で、 ローマが自分から領土を手放した数少ない例になる。
出典(2)
塩野七生 『ローマ人の物語』IX 賢帝の世紀
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第1章