概要
ベツレヘムの洞窟で20年、ヘブライ語から直接ラテン語に聖書を訳した。ギリシア語訳から重ねて訳す習慣を捨て、「ヘブライの真理」に戻った。以後1000年、西方の聖書はこれ一つだった。
場所
ベツレヘム
31.70°N 35.20°E · パレスチナ
31.70°N 35.20°E · パレスチナ
関わった人(1)
ヒエロニムスAD347年頃–AD420年9月30日 · 訳者本文
ヒエロニムスは382年にローマで教皇ダマススの秘書になり、 福音書のラテン語訳を、ギリシア語の原文で直すよう命じられた。 それまでの「古ラテン語訳」は、写しごとに違っていた。
385年、ダマススが死に、ローマの噂と敵意に追われて東へ行った。 ローマの寡婦パウラとその娘が従った。 386年、ベツレヘムに落ち着いた。 パウラの金で、男と女の修道院と、巡礼の宿を建てた。 洞窟で、ヘブライ語の教師を雇って学んだ。 ユダヤ人の教師は、夜、人目を避けて来た。
390年から405年まで、旧約をヘブライ語から訳した。 「ヘブライの真理」(ヘブライカ・ウェリタス)。 それまで教会は七十人訳(ギリシア語)を聖なる本文としていた。 七十人訳から訳し直すのが正しい、 ヘブライ語は改竄されている、とアウグスティヌスが手紙で反対した。 ヨナ書の「瓢箪」を「蔦」に変えた訳で、 北アフリカの教会が騒動になった、と手紙にある。
訳は最初、広まらなかった。 古い訳に慣れた耳が、新しい語を嫌った。 グレゴリウス1世の頃から使われ始め、 8世紀にほぼ標準になり、 「ウルガタ(普及した)」の名は13世紀から。 1546年、トレント公会議が公式のラテン語聖書とした。 グーテンベルクの最初の本は、これだった。