概要
カルタゴの将軍。アルプスを越えてイタリアに侵入し、カンナエでローマ軍を殲滅した。
別名
ハンニバル
所属
カルタゴ関わったできごと(7)
サグントゥム攻囲BC219年 · カルタゴ側 · 総指揮ハンニバルのアルプス越えBC218年秋 · カルタゴ側 · 総指揮トレビアの戦いBC218年12月 · カルタゴ側 · 総指揮トラシメヌス湖の戦いBC217年6月21日 · カルタゴ側 · 総指揮カンナエの戦いBC216年8月2日 · カルタゴ側 · 総指揮ザマの戦いBC202年 · カルタゴ側 · 総指揮ハンニバルの死BC183年(一説にBC181年) · 当人本文
父ハミルカルはヒスパニアの経営を任され、 息子に「ローマの敵であり続けよ」と誓わせたと伝わる。 出典はローマ側の史料なので、そのまま事実とは扱いにくい。
26歳で軍の指揮を継ぎ、2年後にアルプスを越えた。 象を連れて越えたことが有名だが、 イタリアに着いた時点で生き残った象はごくわずかだった。
16年イタリアに留まり、野戦では負けなかった。 それでもローマを落とせなかったのは、 攻城の手段が無く、本国からの補給も細かったためとされる。
敗れたあとは政治家として財政を立て直したが、 ローマの圧力で亡命し、東地中海を転々とした。 引き渡しを迫られたとき、自ら毒を仰いだ。 その年には諸説がある。