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Event / できごと

アッバース革命

Abbasid Revolution
AD750年
重要度 5

概要

ホラーサーンで黒旗を掲げた軍がウマイヤ朝を倒した。預言者の叔父の子孫が新しいカリフになり、ウマイヤ家を宴に招いて皆殺しにした。アラブの帝国が、ペルシア人と改宗者を含む帝国に変わる。

場所

クーファ
32.03°N 44.40°E · イラク

本文

アッバースは預言者の叔父。 その曾孫のムハンマド・イブン・アリーが、 8世紀の初め、ホラーサーンで密かに支持者を組織した。 「預言者の家から選ばれた者へ」と呼びかけて、 誰か名を言わなかった。 アリーの子孫を支持する者も、 ペルシア人の改宗者も、 ウマイヤ朝のアラブ部族の争いに疲れた者も、集まった。

747年、メルヴでアブー・ムスリムが黒い旗を掲げた。 解放奴隷で、出自は分からない。 ホラーサーンの軍を破り、 749年、クーファでアブー・アル・アッバースがカリフを宣言した。 「サッファーフ」(血を流す者、あるいは気前のよい者)。

750年1月、大ザーブ川。 ウマイヤ朝の最後のカリフ、マルワーン2世が負けた。 エジプトへ逃げて、8月に殺された。 ダマスクスが落ち、 ウマイヤ家の墓が暴かれ、 アブド・アルマリクの骨は掘り出されて鞭打たれた。

750年6月、ヤッファの近くの村で、 アッバース家の一人がウマイヤ家の生き残り80人を宴に招いた。 食事の途中で棍棒で殴り殺し、 その上に絨毯をかけて、 うめき声の上で食事を続けた、と伝わる。 一人、アブド・アッラフマーンが逃げた。 ユーフラテスを泳いで渡り、 5年かけてスペインに着いて、後ウマイヤ朝を建てる。

755年、マンスールはアブー・ムスリムを宮殿に呼んで殺した。 革命を作った男を。

都はダマスクスからイラクへ。 軍はアラブ部族からホラーサーン人へ。 官僚はペルシア人。 宰相はバルマク家。 「アラブの王国」が終わり、 イスラームの帝国になった。 750年の前と後で、歴史の書き方が変わる。 それまでの記録は、ほとんどこの後の人が書き直した。

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