概要
安史の乱で唐を助け、見返りに絹を得た。840年にキルギスに敗れて西へ移り、オアシスに定住する。
場所
オルホン渓谷位置は特定されていない(誤差 ±30km)
47.56°N 102.83°E · モンゴル・ウブルハンガイ県(突厥碑文の地)
47.56°N 102.83°E · モンゴル・ウブルハンガイ県(突厥碑文の地)
本文
突厥に代わってモンゴル高原を押さえた。
安史の乱のとき、唐を助けて出兵した。 見返りに絹を得ている。
馬と絹の交換が定着した。 馬一頭に絹40匹という比率で、 唐にとってかなり不利な条件だったとされる。
マニ教を国教とした。 ソグド商人を通じて入ったもので、 草原の国家がこの宗教を採った唯一の例になる。
都市を作った。 オルド・バリクという定住の都を築いている。 遊牧の国家が城壁のある都を持つのは珍しい。
840年、キルギスに敗れて崩壊した。
住民の一部が西へ移り、 タリム盆地のオアシスに定住する。
遊牧から定住へ移った例になる。 いまの新疆のウイグルは、この系譜につながる。