概要
唐がアッバース朝に敗れた。捕虜を通じて製紙法が西へ伝わり、やがてヨーロッパに届く。
場所
タラス河畔位置は特定されていない(誤差 ±40km)
42.52°N 72.24°E · キルギス(正確な位置は特定されていない)
42.52°N 72.24°E · キルギス(正確な位置は特定されていない)
本文
中央アジアの覇権をめぐって、 西へ伸びた唐と、東へ伸びたアッバース朝がぶつかった。 戦いそのものは大きな会戦ではない。 唐側についていたカルルク族が寝返って決着した。
意味は、その後にある。 捕虜のなかに紙を漉ける職人がいた、と伝わる。 サマルカンドに製紙が始まり、 バグダード、ダマスクス、カイロ、 そしてイベリア半島へ広がっていく。
この伝承がどこまで正確かは疑う研究者もいる。 中央アジアには既に紙が入っていたという指摘がある。
確かなのは、8世紀以降に イスラーム世界で紙が急速に普及したことになる。 バグダードの知恵の館で大量の翻訳ができたのも、 紙が安く手に入ったことと無関係ではない。
出典(1)
司馬光 『資治通鑑』巻216