← 地図で見る
Event / できごと

東大寺大仏の開眼

Consecration of the Great Buddha at Tōdai-ji
AD752年
重要度 4

概要

国の銅を使い尽くして高さ15メートルの像を鋳た。開眼の筆をインド僧が執り、唐・新羅・林邑の楽が奏された。国家が仏教に賭けた事業になる。

場所

平城京
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県

関わった人(3)

行基AD668年–AD749年 · 勧進聖武天皇AD701年–AD756年 · 発願光明皇后AD701年–AD760年 · 皇后

本文

聖武天皇が発願した。

疫病と飢饉と反乱が続いた時代になる。

天平の疫病では、 政権の中枢にいた藤原四兄弟が全員死んでいる。

国ごとに国分寺を建て、 その総本山に大仏を置く。

銅を500トン近く使った。

日本中の銅を集めたと言われる。

鍍金に使う水銀の蒸気で、 多くの工人が中毒になったとされる。

行基が、民間から寄付と労働を集めた。

もとは僧の資格なしに布教して弾圧されていた人になる。

752年4月9日、開眼供養。

筆を執ったのはインド僧の菩提僊那。

その筆から長い紐が伸び、 参列者が握って一緒に眼を入れた。

唐、新羅、林邑の楽が奏された。

その日の品々が、正倉院に残っている。

国家が仏教に賭けた事業だった。

同じ時代のできごと

トゥール・ポワティエ間の戦いAD732年オルホン碑文AD732年(毘伽可汗碑は735年)天平の疫病735年唐詩の頂点740年ウイグル可汗国744年アッバース革命AD750年タラス河畔の戦いAD751年鑑真の来日AD753年