概要
バシレイオス、弟のニュッサのグレゴリオス、友人のナジアンゾスのグレゴリオス。三人がニカイアの「同一本質」をアリウス派から守り、三位一体の言葉を定めた。バシレイオスは病院と貧民の街を建て、東方の修道の規則を書いた。
場所
38.72°N 35.49°E · トルコ・カイセリ
関わった人(1)
バシレイオス(カイサリアの)AD330年頃–AD379年1月1日 · 司教本文
カッパドキア。奇岩と洞窟。カイサリア。 バシレイオス、330年頃。祖母マクリナは迫害を生き延び、母は殉教者の娘。10人の子。 姉マクリナが先に修道院を建て、弟ニュッサのグレゴリオスは哲学者、弟ペトロスも司教。一つの家から三人の司教と一人の修道女。
アテナイ。ナジアンゾスのグレゴリオスと同級。「私たちは二つの道しか知らなかった。教会への道と学校への道」。 ユリアヌスも同じアテナイにいた。背教者になる男。
357年、洗礼。エジプト、シリア、メソポタミアの修道士を訪ねた。 アンネシで規則を書いた。隠者でなく共同。労働、服従、貧者への奉仕。 「一人でいて誰の足を洗うのか」。東方の修道はこれ。ベネディクトゥスが西で読んだ。
368年、飢饉。「あなたの倉にあるパンは飢えた者のもの」。自分で配った。 370年、司教。街の外に「バシレイアス」。病院、ハンセン病の家、孤児院、旅人の宿。世界最初の病院と言われる。 372年、アリウス派の皇帝ウァレンスの長官が脅した。「私は炎と剣しか恐れない。あなたは司教に会ったことがない」。 皇帝が教会に来て供物を出し、震えた。
ニカイアの「同一本質」。アリウス派は「似ている」。似ているではない、同じ。 「三つのヒュポスタシス、一つのウーシア」。三つの位格、一つの本質。言葉を決めた。 『聖霊について』。「聖霊は神」と言わず、「父と子と共に礼拝する」。争わないために言葉を選んだ。 379年1月1日、49歳。 381年、コンスタンティノープル公会議。ナジアンゾスのグレゴリオスが議長。「我は信ず、聖霊を、主にして生命を与える者を」。いまもミサで。
ナジアンゾスのグレゴリオスは「神学者」の称号を持つ二人の一人。詩人。「バシレイオスが私を村の司教にした。一度も行かなかった」。 ニュッサのグレゴリオスは「魂は無限に神に向かって進む」。結婚していた。三聖師には入れられなかった。オリゲネスに近すぎた。
ギリシアの新年のパン、ヴァシロピタ。コインが入っている。バシレイオスが税を返すためにパンに金を入れて配った伝説。1月1日に来るのは彼で、ニコラオスではない。