概要
高さ6mを超える石碑。倭との戦いにも触れており、読み方をめぐる論争がいまも続いている。
場所
国内城
41.13°N 126.19°E · 中国・吉林省集安市(高句麗の都)
41.13°N 126.19°E · 中国・吉林省集安市(高句麗の都)
関わった人(1)
好太王AD374年–AD412年 · 顕彰された当人本文
高さ6メートルを超える石碑になる。 中国吉林省の集安に立っている。
好太王(広開土王)の業績を、 息子の長寿王が刻ませた。
1800字ほどの漢文で、 どの年にどこを攻めたかが並ぶ。
問題になるのが、倭に関する一節になる。
「倭が海を渡って来て、百済・新羅を破り臣民とした」 と読める部分がある。
日本ではこれを根拠に、 古代の朝鮮半島支配の証拠とする説が唱えられた。
一方、日本陸軍が拓本を改竄したという説が 1970年代に出された。 その後の調査で改竄説は否定されているが、 読み方の議論は続いている。
主語をどう取るか、 欠けた字をどう補うかで、意味が変わる。
高句麗の側が自国の武功を誇るために書いた文書だ、 という前提を外して読むことはできない。