概要
惑星の軌道は円ではなく楕円だった。円でなければならないという2000年の前提が、ティコ・ブラーエの観測記録に合わないという理由だけで崩れる。
場所
プラハ
50.08°N 14.44°E · チェコ
50.08°N 14.44°E · チェコ
関わった人(1)
ヨハネス・ケプラーAD1571年12月27日–AD1630年11月15日 · 発見本文
ティコ・ブラーエは、望遠鏡が無い時代に 肉眼での観測を極限まで詰めた人だった。 角度の誤差は2分角以内とされる。
その膨大な観測記録を、死後にケプラーが引き継いだ。 火星の軌道を円で合わせようとして、 8分角の食い違いが消せなかった。
他の誰なら、その程度は測定の誤差として捨てただろう。 ティコの記録の精度を知っていたから、捨てられなかった。 「この8分が、天文学を作り直させた」と本人が書いている。
円をやめて楕円にすると、合った。
第二法則(面積速度一定)は第一法則より先に見つかっている。 惑星は太陽に近いほど速く動く。 等速円運動という2000年の前提が、二重に崩れた。
本人は、これを神の設計の美しさの発見だと考えていた。 同時に、占星術のホロスコープを書いて生計を立てていた。