概要
鮮卑の王朝が華北をまとめた。のちに自ら漢化を進め、鮮卑の言葉と服装を捨てる。
場所
平城
40.09°N 113.29°E · 中国・山西省大同市(北魏の都)
40.09°N 113.29°E · 中国・山西省大同市(北魏の都)
本文
鮮卑の拓跋氏が、華北をまとめた。
130年続いた分裂に、いったん区切りがつく。
やったことで大きいのが、均田制になる。 国が土地を農民に分け与え、 死ねば返させる。
豪族が土地を集めるのを抑え、 国が直接税を取れるようにする仕組みになる。
これが、隋と唐に引き継がれる。 そして日本の班田収授にもつながる。
孝文帝は、洛陽へ遷都し、 鮮卑の言葉と服装を禁じた。 姓も漢風に改めさせている。拓跋を元に。
支配する側が、自分から同化した。
反発も起きた。 北の辺境に残された鮮卑の軍人が、 待遇の悪化に不満を持つ。
その反乱(六鎮の乱)から、 北魏は東西に分裂する。