概要
廃仏のあと仏教を戻した北魏が、都の西の崖に石窟を掘った。最初の五窟の大仏は、五人の皇帝の顔で作られたと伝わる。ガンダーラの顔をした仏が、鮮卑の都に並んだ。
場所
雲岡
40.11°N 113.13°E · 中国・山西省大同
40.11°N 113.13°E · 中国・山西省大同
本文
廃仏から6年後。 沙門統(僧の統括者)の曇曜が文成帝に願い出て、 都の西16キロの武州山の崖に、五つの石窟を掘り始めた。 「曇曜五窟」。
五つの大仏は、道武帝から文成帝までの五人の皇帝を写している、と伝わる。 皇帝は如来の化身、と曇曜の先任者の法果が言っていた。 仏を拝むのは皇帝を拝むことになる。 廃仏のあと、仏教はそういう形で国に戻った。
高さ13〜17メートル。 第20窟の大仏は、前の壁が崩れて外に露出している。 肩が広く、目が長く、鼻が高い。 ガンダーラとマトゥラーの顔で、 キジル(亀茲)を通って来た形をしている。
その後40年、皇族と貴族が窟を掘り続けた。 第二期の窟は漢の衣を着た仏になり、 壁に飛天と楽器と、仏伝の物語が並んだ。 494年に孝文帝が洛陽に移ると、 彫る人々も移り、龍門を掘り始めた。 雲岡には民間の小さな窟が続いた。
大小の窟が252、像が5万1000。 2001年に世界遺産。 石炭の街の粉塵で、20世紀に黒くなった。