概要
スキピオがスペインでカルタゴの主力を破り、スペインからカルタゴが消えた。前日まで弱い兵を中央に置いて見せ、当日に入れ替えた。ハンニバルの戦い方を、ハンニバルの敵が覚えた。
場所
37.52°N -5.98°E · スペイン・セビリャ近郊
関わった人(1)
大スキピオBC236年–BC183年 · 総指揮本文
スキピオ。 25歳で、 父と叔父が死んだスペインへ。 BC209年、 カルタゴ・ノウァ。 1日で落とした。 干潮を、 使って。 BC208年、 バエクラ。 ハスドルバル・バルカを破った。 ハスドルバルは、 アルプスへ。 BC206年、 イリパ。 セビリャの北。 ハスドルバル・ギスコ。 マゴ・バルカ。 カルタゴ5万4000、 象32頭。 スキピオ4万5000。 うち、 イベリア人が、 2万。
数日、 陣の前に出て、 すぐ引いた。 毎日。 「ローマ人は、 中央に、 軍団を置く」。 カルタゴは、 それを見た。 当日。 夜明け前。 兵に、 朝食を食べさせた。 カルタゴは、 食べていなかった。 陣形。 中央に、 イベリア人。 両翼に、 軍団。 前日までと、 逆。 カルタゴは、 中央に、 最精鋭のリビア人。 両翼に、 イベリア人と象。 昼まで、 中央を、 ぶつけなかった。 両翼が、 前に出た。 軍団が、 カルタゴのイベリア人と象を、 押した。 象は、 自軍に。 中央のリビア人は、 両側が崩れて、 動けなかった。 午後、 暑さと、 空腹。 崩れた。 雨が、 追撃を止めた。 ハスドルバル・ギスコは、 6000で、 逃げた。 カディスへ。 アフリカへ。 マゴは、 バレアレスへ。 「マオン」。 港の名。
スペインから、 カルタゴが、 消えた。 BC206年。 スキピオは、 アフリカへ行くために、 ヌミディアへ。 シュファクスと、 マシニッサに、 会った。 同じ日に。 両方を、 味方にしようとして。 帰りの船で、 シュファクスの船に、 乗った。 ハスドルバル・ギスコも、 そこにいた。 同じテーブルで、 食事をした。 敵と。 BC205年、 執政官。 「アフリカへ」。 ファビウスが、 反対した。 元老院は、 シチリアだけを与えた。 兵は、 志願兵で集めた。 カンナエの、 生き残り。 罰として、 シチリアに、 置かれていた兵。 彼らを、 連れて行った。