概要
フランク王がランゴバルドから奪った土地を教皇に渡した。教皇領が生まれ、教会が領主になる。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
ピピン3世(小ピピン)AD714年–AD768年 · 王本文
教皇が、フランクの王に助けを求めた。
ランゴバルドがラヴェンナを落とし、 ローマに迫っていた。
東ローマは、もう守ってくれない。
ピピンは二度アルプスを越え、 ランゴバルドから土地を取り上げた。
そして、それを東ローマに返さなかった。
教皇に渡している。
法的にはおかしい。
その土地は、名目上は東ローマ皇帝のものになる。
このとき「コンスタンティヌスの寄進状」という文書が 根拠として使われた。
4世紀の皇帝が教皇に西方の統治を委ねた、 と書かれている。
15世紀に、ロレンツォ・ヴァッラが 言葉づかいから偽作だと証明した。
それでも、この寄進で生まれた教皇領は 1870年まで1100年続く。