概要
ティグリスの西岸に、円い城壁の都を建てた。直径2.7キロ、四つの門、中央に宮殿とモスク。10万人が4年で建てた。「平安の都」(マディーナト・アッサラーム)。以後500年、世界で最も大きい都になる。
場所
バグダード
33.32°N 44.37°E · イラク
33.32°N 44.37°E · イラク
関わった人(1)
マンスールAD714年–AD775年 · カリフ本文
クーファはアリー派の街で、 アンバールもハーシミーヤも落ち着かなかった。 マンスールはティグリスを自分で船で遡って場所を探した。 バグダード。 ササン朝の小さな村で、 ペルシア語で「神の贈り物」。 ティグリスとユーフラテスが最も近づく所。 「ここは軍の駐屯地で、 ティグリスで中国と、ユーフラテスでシリアと結ばれる」。
762年7月30日、占星術師ナウバフトが選んだ日に、 最初の煉瓦を置いた。 円。 直径2.7キロ。 三重の城壁。 四つの門。クーファ門、バスラ門、ホラーサーン門、シリア門。 四つの街道がそこから出た。 中央にカリフの宮殿「黄金の門」とモスク。 宮殿の緑のドームは高さ48メートル、 上に騎士の像が乗っていた。
10万人の職人と労働者。 費用は480万ディルハム。 4年で主要部ができた。 マンスールは工事の費用を、 帳簿で1ディルハムまで確かめた。
円い都は、王族と軍と官庁のためだった。 市場は南のカルフ地区へ出された。 街はすぐに円を溢れて、 ティグリスの東岸に広がった。
ハールーンの時代に人口は50万から100万。 コンスタンティノープルより大きく、 長安と並ぶ。 知恵の館、病院、紙の工場。 「アラビアン・ナイト」のバグダード。
1258年、フレグが破壊した。 円い都は、それより前に、内戦とティグリスの洪水で崩れていた。 いまのバグダードに、 その円の跡は何も残っていない。 場所も、はっきりしない。